2007 年 5 月のアーカイブ

中山町 「長崎のお達磨のさくら」へのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

山形市の西隣の須川を越えた所に、中山町長崎という地名を持った町がある。
 山形市の文翔館から、国道112号を西に30分程走り、船町橋を渡ると直ぐ長崎達磨寺である。
長崎達磨寺の入り口に、旧道とバイパスとが歴史を交差させるように、
信号機が三色の光を放ち交互に“まばたき”をしている。
お達磨のさくら
 緑色のひかりで左の旧道に入り、くるっと180度廻りアクセルを踏むと、
正面に堤防が覆い被るように迫ってくる。瞬きすると、歴史のカーテンが左右に開き、
河原の道の先に木橋が架かり、その上をボンネット付きの薄ピンクと紅茶に染められたバスが、
肩を揺らして走っている。ブレーキを踏むと、カシャンと歴史のカーテンが閉じた。
お達磨のさくら
 家の間の道を左に折れると、国道112号下に、小さなトンネルが開いている。
ここを貫けると、時空がタイムスッリプするかと思えば、緑に覆わていない田園が一面映し出された。
右手の堤防沿いには、果樹の木々が花を咲かせようとしている。
遠くには雪をかぶった月の山が美しく聳えている。
お達磨のさくら
 田園の農道を1kmほど進むと、高速道路の帯が近づく。
須川の堤防と、高速道路の堤との間に、林がある。駐車場に車を止めドア開けると、
数百年の時の息づかいをしながら、精一杯美しく、当の昔朽ちた達磨寺を偲ぶかのように、
3本の桜が咲いている。
お達磨のさくら

白鷹町 「釜ノ越ザクラへのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

薬師堂の桜の近くにある釜の越のさくらを目指すことにした。
ポンプ小屋の脇に止めてあった車に戻り、後を気にしながら県道に出て、
また、南にむけてアクセルを踏んだ。すぐの十字路を過ぎると右方向に桜マークがあり、
ガードマンが赤い棒を持って立っている。
 赤棒に誘導され、3m程の幅の道へと右折した。
建物が点在する路地を50m程進むと車が前に詰まっていたが、
ノロノロと動き出しストップする事も無く観光協会のおじさんに
臨時の整地のあまり行き届かない駐車場に案内された。
 ドアをあけ外に出ると農村公園風に整備された広い平地の真中に、
釜の越ザクラが澄みきった空に高く、両手をいっぱい広げている。
伝説の3巨石を何百年も守っているようだ。
 多くの見物人が桜を見、石を眺め、シャッターを押し、ビデオカメラを廻している。
 
釜ノ越ザクラ
車のドアをロックしようと車に目を返すと、車の窓からミニチャーシュナウザーが顔を出し、
外に出たいと目をクリクリしている。
 犬の名前はシュナ。首輪を付け外に連れ出すと、花には興味がなく
切り株にオシッコをかけたかと思うと、クンクンと右をみてニオイをかいでいる。
 ここにもテントが張ってあり、醤油とイカのダシでとった玉蒟蒻のニオイが漂っている。
テントのテーブルには、蒟蒻鍋、饅頭、漬物、ごまクッキーなどが置かれ、
婦人会のおばさん達が白いカッポー着姿で忙しく動いている。
釜ノ越ザクラ
  古典さくら見物を釜の越さくらを最後にして帰路についた。
ハンドルを握り、東の方向に走り始めると、高玉の田んぼと畑が傾斜しながら続き、
その端に最上川がゆったりと流れている。北東に荒砥の町並みが目に映った。
町並みの奥の方には、白鷹山がさくら景色を眺めているようである。
釜ノ越ザクラ

白鷹町 「薬師ザクラ」へのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

子守堂の桜を土手の上の畑や道路を登り切った方向から十分に堪能した。
公民館の駐車場に戻り、テントの中の椅子とテーブルを借り蒟蒻を注文した。
先ほど買って来た何個串に刺されているか数えられない名物焼き団子を包みから出すと、
「お茶どうぞ、焼きだんご買えたかえ」
と懐かしい茶碗で、ばあちゃんがお茶と漬物をだしてくれた。
 だんごと蒟蒻と漬物とお茶を交互に味わいながら子守堂の桜を眺めた。
 子供連れの若いおかあさんが蒟蒻鍋の前で「焼きだんごありますか。」
と尋ねると、ばあちゃんは
「注文して待ってるんですけど来ないとこ見ると売り切れかもしんないです。待ってますか」
 「そうですか」と残念そうに蒟蒻を買い求め車に戻った。
薬師ザクラ
 休憩を終え、次の古典さくらに向うため「薬師桜はどう行けばいいですか。」
と尋ねると、
「高玉だあ、その道を右に行ってスポーツ公園をのぼって部落をぬけると
太い道路にでるから、それを南にいくといいよ。」
 車に戻り、桜マップの地図を見ると山裾の南北に走る道路沿いに桜マークがある。
確かこの道路は小国、新潟にぬける県道なハズである。
車に乗りスポーツ公園の少し見える桜を見ながら、勾配のある折り曲がった坂を昇り、
集落をぬけると広くなった出来立ての道路に出た。
少し走ると田んぼが2mも下にあるところで行き止まってしまった。
薬師ザクラ
 Uターンして見ると狭い旧道が交差している。旧道の左の方向が登りの坂に見える、
坂の方が西かと推測し、左に折れ走り出すと横の帯が目に入ってきた。
更にアクセルを踏むと横の帯が太くなって、広い道路に出会った。結構車が通る道路である。
頭の地中の図からすれば南の方角は左である。ハンドルを左に大きく回し、アクセルを踏んで走った。
左手には集落が点在し、その後ろには、のんびりと最上川が流れている。
 右手の家屋の後ろには、畑、雑木林、その後方には、屏風ように連なる山々が聳えている。
この連山が「ゆっくり、ゆっくり、走ろう」と呼びかけているようである。
薬師ザクラ
 ゆっくり走ろうとアクセルを離すと十二のさくらの案内版が見え、
右前方を見ると桜と紅白の幕が見える。とにかく行って見ようと右折し、
12~3台とめてある桜のすぐ近くの駐車場に入り、車の窓から顔を出し桜を眺めた。
古木であるが前頭筆頭かなとつぶやくと、顔に土煙が被った。
大関を探そうと広い道路に戻った。ガラス窓いっぱいに自然を受けながらまっすぐな道を暫らく走った。
右前方に桜マークの標識が見え、前方の道路脇に5,6台が駐車している。
スピードを減速すると空いているポンプ小屋の脇に車止めた車から降り、
道路を横断すると20人程の見物人がいる。先ほど見た数本の桜より長寿の1200年の桜。
そして、薬師堂があるとのパンフレットに掻い書いてあったので、
デカイ建物と周囲を圧倒する枝振りの桜を頭でイメージしていたが、
人の頭越しに見える薬師堂と桜は、イメージが十分の一なってしまったように小さい。
薬師ザクラ
 とにかく、失礼であるが前に出た。すると、幹が太く背が低い、幹の上部を
雷神が吹き飛ばしてしまったようである。しかし、実にバランス良く枝を茂らしている。
また、薬師堂も桜に合わせるかのように小さい。
 薬師堂とエドヒガン桜が、1200年を盆栽仕立てにして120年に凝縮しているようでもある。
しかし、小さな薬師堂を覆い鎮守するようする樹形は盆栽のように素晴らしい、
また、神秘でさえもある。
 エドヒガンの花が垂れる枝の下で長い髪の女絵師がキャンパスと向い合っていた。

白鷹町 「子守堂の桜」へのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

赤坂の薬師ざくらを後にして、焼きだんご屋の前を通過する。
昭和初期の趣さえ残る小さな村の通りを通過すると、丁字路を右に折れ、太い道路に出る。
 写真のフイルムが無くなったのが気にかかった。50m程行くと店がある。
ガラス戸を開けて中に入って見ると、服がある。文房具もある。たばこもある。
ガム、スナック菓子もある。使い捨てのカメラもあった。
何となく、先ほどから懐かしさが感じる。
(私の生れ育った所は、しらたかの北隣のまちであり、中心から5km程離れたところで
鮎貝より田舎の部落であるが、どこか似通っている。また、私の実家も雑貨商を営んでいた。)
 「こんにちは」 おばさんが顔をだし出てきそうな雰囲気であったが一寸、
間をおいて47,8の店主が「いらしゃい」と顔を出した。
子守堂の桜
 29枚撮りの使い捨てカメラを買い求めて車に戻った。走り出して間もなく桜の案内看板がある。
その交差点から右に折れると坂が急にキツくなり、アクセルを吹かす。
前を見ると右手の土手に桜が見える。しかし、窓からはみ出て枝の上半分が見えない、
また、踏みこむと今度は下半分が見えない。左手に公民館とテントがあった。
駐車してもかまわないだろうとハンドルを左にきり公民館前に車を止めた。
 石原裕次郎の吹き替え歌手が歌っているテープが流れている。
車のドアを開けると音が3倍になって車の中まで音符が入りこんできた。
 テントの前には、醤油色をした玉こんにゃくが湯気を出している鍋を
箸でかき混ぜているおばちゃんがいる。
 「子守堂のさくらあれですか」
 「んだ、んだあ、あれ」
ボツトツとしているが何となく懐かしい。
子守堂の桜
テントの中を覗くと折りたたみ机とパイプ椅子に座ったじいちゃん二人とばあちゃんが
蒟蒻と煮物と握り飯を食べている。
 「帰りに漬物と煮物があっからお茶のんでいがっしゃい」
との声に送られて道路を横切って土手がある畔道に着いた。
桜の由来を一読し細道を登り始め、上を仰ぐと真っ青な空に小さい花を枝一杯に付け万歳をし、
綱を締め、細道の肩に踏ん張っている桜がいた。
子守堂の桜

白鷹町 赤坂の薬師ザクラへのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

山形と西置賜を隔てる丘陵のなかにトンガリ帽子が目に入る白鷹山である。
国道348号の小滝第1、第2トンネルを抜けると下り坂になり、
山間いを下ると鷹山(タカヤマ)小学校の案内板が見える、.
上杉鷹山公の縁の土地かも知れないなど、あれこれと鷹山公のことを考えていると
視界が急に広がり、出羽丘陵の山々が日本海側と内陸を塞ぐ屏風のように横たわる風景が映る。
屏風には深い緑に薄っすらと霞が立ちこめ、絵画を見ているようでもある。またその風景は、
時空さえゆったり流れる趣さえある。
薬師ザクラ
 屏風の手前には西置賜の荒砥の町並みが浮かんでいる、
まち全体がいつも は絵を眺めていようである。
 白鷹町の荒砥は、山形鉄道フラワー長井線の折り返し駅であり、
国道287号と国道348号が交わる地域で役場、病院、商店が建ち並ぶ町の中心である。
 まち並みは道路の拡張に伴って近代的になり、建物はセットバックされ綺麗であるが、
奥の未改良の部分は、狭い道ながら荒砥の栄えた古き店並が残り、
消え行く時代を偲んでいるようでもある。
 
薬師ザクラ
荒砥のまちを西に突き抜けると、下り坂になり最上川に架かる荒砥橋に出会う。
雑魚が飛び跳ねる水の流れを見ながら橋を渡ると古典さくらの里鮎貝の入り口である。
 橋を渡っても真っ直ぐに伸びる道を走るとが古い町並みが残る道路と交差する。
角には名物焼きだんごの看板がある小さな店がある。
だんごと言えば串に丸い玉が3つ4つ刺されているイメージであるが
鮎貝名物だんごは串にだんごがチクワ状に塗ってあるキリタンポのミニ版のようである。
名物だけあって、ほおばると醤油の焼きが香ばしいくニオイも香ばしく、素朴で美味である。
薬師ザクラ
 交差点を右に折れ、更に急な右カーブを曲がると、1kmほどの直線道路が見えた。
左の民家の脇に細い道路がある。
車一台しか通れないその道を進むと、右にカーブし雑木林の土手をのぼる。
杉木立の前に盗賊、落雷に叩かれ、身を3分の1に減らし、
それでも間道の入り口を仁王のうように守り踏ん張る桜がいる。
赤坂の薬師ざくらである。
薬師ザクラ

盛岡市「石割桜」へのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

盛岡市のまちの中を中津川が流れている。
福岡の中州、岡山の柳川、大阪の道頓堀、京都の桂川・賀茂川、
岐阜の長良川、東京の隅田川、神田川、仙台の広瀬川。
何処もせせらぎの音に詩や、住む人の思いがあり、そして、それぞれの歴史観ある。
私は、まちを流れるシンボル川の中でも、この盛岡の中津川の風情が好きだ。
石割桜
 サカナがのぼる中津川は、歴史をしのばせる石組み護岸で、瓦葺きの白壁と樹木が調和する。
川の水は澄みきっていて、自然のまま蛇行している川には橋以外はコンクリートが見当たらない。
川の水辺と土と叢は段差が余り無く一体感がある。もっと何かを感ずるものがある。
それは、澄みきった空気と東北の人々の控えめさ、
奥深さからくる都会の人間臭さを抱かせない趣である。
また、この光景が、幼い頃の川や堰で遊んだ野と水辺の雰囲気を思い出すのかも知れない。
まちの中心を遊んだ中津川は、鉄道橋が対岸に見えると北上川に解けこむ。
この合流地点から市街地に500m程遡ると左側に欅の大木が数本川辺を覆っている。
この欅達よりまだ高い建物が市役所で、中津川沿いの通用口から
ロビーを抜けて正面玄関に出ると大通りがまともにぶつかってくる。盛岡市の官庁街である。
石割桜
市役所から右側の舗道を歩くと岩手県合同庁舎隣に大正時代のレンガ造り公会堂がある。
その次ぎが岩手県庁、また足を進めると裁判所がある。
しかし、じっと見ないと何の建物かわからない。
玄関前に大きな石があり、この石を真っ二つにしドウだと枝を大きく張って威張っている桜がいる。
石割桜である。

三春町「三春滝桜」へのパーマリンク

2007 年 5 月 29 日 火曜日

福島県郡山市の隣に三春駒、三春張子人形、愛姫、ヒトデ形ゆべしで有名な三春町がある。
郡山方面から国道288号を走り、店や家屋が両側に連なりだしてから300mほど行くと
右にT字路になっている町道がある。その町道を登って行くと馬場の湯という温泉があり、
湯治場風の2軒の旅館がある。この温泉の風呂は2軒で1つの共同風呂である。
三春滝桜
T字路に戻って国道288号をさらに中心部へと進むと
両側に金物屋、風呂、駄菓子、スーパー、銀行が並び左にカーブすると、信号機付きのT字路がある。
ウインカーをカチカチと右にして信号待ちをして前を見ると昔ながらの食堂と鮨屋が並んでいる。
信号が青に変わり右折すると、また信号機付きのT字路である。
左方向は、国道288号であるが船引町、鍾乳洞のあぶくま洞の方面に行ってしまう。
国道288号と分かれて県道を真っ直ぐに進むと道路は広くなり、
化粧した歩道付きの道路に町並みにあうように建られた商店が続く。
右にゆるくカーブすると3階建ての役場が右側にあり、反対側には文房具店もある。
その後は、急峻な丘である。
来た道を一寸戻ったところを良く眺めると幅広く急な石の階段があり、
ランドセルを背負った小学生が降りてくる。階段の中間に藩講所門が見える、
桜で囲まれた小学校がある。
三春滝桜
県道は、役場前で左にカーブする。
右側に三春歴史民族資料館、洋風建物にアメリカ国旗、左側に保険センター、
そして白い洋館の医院がある。それを抜けると信号付きのT字路がある。
このT字路を右折し、急勾配の道路を三春ダムに向って4km、
車で5分ほどうねった坂を走ると、右手の坂下に樹齢1000年のしだれ桜が視界に飛び込んで来る。
ピンクに咲く満開の時は格別美しい、幻想的でもあり、桜の中でも最も女性的に感じる。
藤の花を持った舞妓のような滝桜である。これが三春の滝桜である。

1. 永泉寺のサクラへのパーマリンク

2007 年 5 月 11 日 金曜日

「今度はどっちお客さん。」
と、マーちゃん運転手。
 「えーと。えーと。そうか。Mさんがインターネットで調べてくれた資料と地図に、
阿部さんの資料には無い長沼町にもう一本、永泉寺のサクラがあって、
えーと地図からすると役場近く、また、国道に戻って西に走ります。さっき来た道を戻ります。」
「また戻るの?でも、また来れないから行きましょう。出-発。」
ランクスくんはブンブン、ブンブン飛ばして、国道から旧道に入り
役場の手前から右(北)に折れると坂道になっており
長沼小学校が今日は休みで静かに僕たちを見送っています。
永泉寺のサクラの案内に導かれて進むと石垣の上で、
ピンクの枝垂れ桜さんがごくろうさんと両手を振っているんです。
ランクスくんは駐車場にタイヤを止めると何時は飛び出して行くひーちゃんは
桜が逃げないことを悟ったのかゆっくり、トランクからカメラを取り出し、
手入れのいきとどいている寺さんの階段をゆっくりと桜さんがいる場所向かってを上っていきます
永泉寺の桜
「シュンちゃんオシッコに散歩よ。」
と、まーちゃんが首輪とリールをつけてくれた。
ランクスくんにジャーと合図して、まーちゃんと散歩です。
オシッコを3回ばかりして坂を少し上っていくと古館の桜で入れ違いに出て行った、
ひーちゃんより少し年上のおじさん、おばさんが桜見物を終え階段の途中で、
箱の上でスタンプを押し、資料を貰っている。
まーちゃんは桜の見てて気がつかないので“ワン”と教えてあげたら
「あーーら。立派な「さくら紀行」というパンフレットがあるんじゃない。」
と、言って一部頂戴した。僕も外で水を飲んで一服しているとひーちゃんも戻ってきた。
「さーー、白河に行こうか。」
と、ランクスくんに乗った。
石垣の貫禄あるさくらさんは、お前さんの宗派はドック州かサイナラといっています。
永泉寺の桜の写真はこちら

3. さー帰ろう。会津街道、仙台街道分岐点に女石桜へのパーマリンク

2007 年 5 月 11 日 金曜日

ひーちゃんがまーちゃんに白河の街を説明しますが、
僕はチビですので全然見えません。
「帰ろうか。途中で夕飯済ませば笹谷トンネル通過は真っ暗だよ。」
「今日は土曜日だから慌てない、慌てない。でも、シュンちゃん水飲まなきゃね。
下で水もらいましょうね。じゃ降りるわよ。」
僕とわんわん仲間さんのデカイやつ、小さな可愛いドックも公園で会って挨拶すると
ひーちゃんがウルサイと怒鳴るので“ワン”だけで言って通り過ぎました。
出口近くの水道のところでジャージャー流しながら飲め飲めとひーちゃんが言うが
無理であります。まーちゃんが両手に水を貯めてくれて飲ませてくれ、
手足まで洗ってくれたんです優しいね。しかしですね、ひーちゃんがです。
「歩くと車が汚れる。」と言ってです、グイーと両肩を持ち上げたと思ったらです。
服が濡れると言って顔、両手足、腹、チンチンまでも青空に見せてのダッコです、
我慢してランクスくん所まででした。
城山公園を離れようとする時は、太陽さんが西に大分傾いていてましたが、
日本晴れなのかワンワン晴れなのかもしれませんが明るいんです。
保健所、裁判所の前を通り国道294号を左折して阿武隈川を渡り、国道4号を目指していきます。
「白河はダルマと蕎麦が有名で学生のとき東京に戻るとき
白河駅で停車時間に立ち食い蕎麦に乗車客が殺到して千円出していたら取られちゃた。
ハハっは。それに、
乙女ザクラ
「まぼろし白河らーめんがあるらしいよ。」
と、ひーちゃん
「また、冗談でしょう。」
「カーブが過ぎたら突き当たりが国道4号だよ、
右に折れてズーット、ズーット走って矢吹インターから高速道路に乗る。
「アッ、サクラがある止まって、止まって」
「危ないわねーー。」
ひーちゃんは又、カメラを取り出し、バシャバシャ、
道路の反対側の家の敷地に入り込んでバシャバシャ。
家の年配のおじさんが何事かとランニングとステテコ姿で覗いていたが家から出てきた。
「おいちゃんがチョット遅かったかなーと言っていたよ。
桜のとこに碑があって、説明書きを見てきたんだけど、
会津、仙台街道の分岐点で戊辰戦争の戦没の碑だって、
多分その時植えられたのかと思うからそんなに古くはないかなあー。」
「そう、帰りましょう。ドッかでおいしいラーメンでもないかなあー、ねー、シュンちゃん。」
「ワンワン。」
ワンワン伝言
  白河の乙女ザクラ、女石のさくらは2百年、3百年の時を刻んだサクラまでは
歳を重ねていないと思いますが、白河は僕にとって初めてのところでしたのでご紹介しました。
  ワンワン
写真はこちら

2. 白河小峰城と乙女さくらへのパーマリンク

2007 年 5 月 11 日 金曜日

僕と、ランクスくんは、少し疲れたので昼寝することにした、
“え、”イビキ僕のイビキ、ランクスくんかーー、スヤスヤ。ピーー、ガシャン
「おい、シュンスケ、ダンナさんもどってきたぞ。
トランクに米とか山菜、野菜とかケッコー積んだよ。米もですか・・シーー。」
「ダンナサン、買ってきた“よもぎ大福”と、お茶飲んで出発よ。」
「モグモグ、運転しようーーか。」
「まだ、いいわよ、帰りは暗くなくから私暗い道の運転だめよ。」
「シュッーーパツ。」
と、マーちゃんの掛け声で出発して、今度はマーちゃんも“よもぎ大福”を食べて
運転も甘くなったのか安全運転で走っているよ。
ホッ、ランクスくんは、大信村を北から南に縦断するように快調に走って
白河に入り東北新幹線、東北自動車道の下を通過して国道4号線に出て、
南進し、金勝温泉の信号から阿武隈川を渡り東北線の下を通過して
県道37号に左折して木造の建物の美しい東北本線白河駅の前に到着したんです。
何で城下町白河市内をこんなにスムーズに走れるかっていうと、
ひーちゃんは十何年も前に仕事で何回も訪れて、駅前再開の設計に参加したんっだてさあ。
乙女ザクラ
まーちゃんに“ここはこう”とか説明してるんで僕も聞いているが
僕が生まれる遥か昔のことだかから解かんないデーーす。
ひーちゃんの案内で駅前を通過してクランク、クランクと折れながら
また東北線を渡り左に折れ、また折れてまた、折れて城山公園の駐車場にヤットと止まった。
僕とランクスくん、まーちゃんもグルグルと何処へ到着したのか分かんなくなったのです。
「城ね、エー、アーソー、あの小峰城に桜があるのねー。さあーシュンちゃんもいきましょう。」
と、まーちゃんが誘ってくれたので僕も一緒に城山公園に入った。
「へーー、綺麗になった素晴らしい公園なったねーー。」
と、ひーちゃん。
僕が見ても緑色の芝生が広がり石垣の上に城の楼閣がそびえて
青空がそれを包んでいるんだよ。
僕は園路を女学生、子供、おにいちゃん達に可愛いと声かけられスター気分で歩き、
何段もの石段を登り切ると、乙女サクラさんが青空に城の悲哀を唄っているよう咲いています。
写真はこちら