2003 年 2 月のアーカイブ

2. 村役場はどっちへのパーマリンク

2003 年 2 月 24 日 月曜日

村役場を目指し、北へ北へ走った。
だが、アクセルを緩めた、会津坂下町に大分入ってしまっている様である。
信号機のある交差点の家の前で仕事をしているおじさんに聞いてみた。
 「北会津村の役場は、どっちの方向ですか。」
 「北会津は信号を左に南に大分行くよ」
 「ありがとうございました。」
車を南に走らした。しかし、方向音痴になってしまった。
神社の林がある、たしか、見覚えがあるようだ、
役場西の方向のはずと交差点をハンドルを右に切ってみたが不安が先にたった。
 丁度右手に農家の大きい家が有り、おとうさん、おかあさん、ばあちゃんが
道路に面する作業小屋の前で仕事をしている。
 車から降り地図を片手に道路を横断して声をかけた。
 「すみません、お尋ねします。北会津の役場は、どちらですか。」
南東の方角を指差し
 「消防署の高い建物があるから、そっこから少し行ったところですよ。」
とおかあさんが答えてくれた。
種蒔桜
車をユータンして南北方向に走る道路(県道会津坂下・本郷線)を南に進むと
消防署の高い、昔風で言えばコンクリート造りの火の見倉がある。
建物を過ぎるとまた、大きな建物があった、しかし学校であった。
確か大分前に来たとき、道路沿いに周りが田んぼであり、
木造2階建ての昔ながらの役場で、歩くと床がきしむ音がするが、
ご苦労さまと人情温まる声がする思い出がある。
 学校を過ぎるとまもなく、左に昔風の木造2階建ての建物が見えた。
 役場に違いないと直感し、入り口に近づくと公民館と表示されている。
車を道路に戻そうと90度タウンすると、目の前にデッカイ近代つくりの
建物の裏側が目の前にある。図書館か、コミニテーホールか、
若しかして役場が隣にあるかもしれない。兎に角、車を建物前に移動することにした。
 デカイ建物の駐車場に止め入り口に近づくと、北会津町役場の文字がある、
中に入ると昔の役場のイメージが吹き飛んでしまった。
種蒔桜の写真はこちら

1. 今は懐かし会津の人情へのパーマリンク

2003 年 2 月 10 日 月曜日

会津磐梯町木ざしさくらを後にして、北会津村に向かうことにした。
阿部壽さんのサクラ銘木一覧表に幹周り537cmの東麻生墓地の
種蒔桜とある、西会津の化けさくら、墓地のさくらと何となく幾代の人々が
桜に嗣子末孫まで花咲くように願いを込めているように思える。
 会津若松を通り抜け阿賀川の大橋を渡った。北会津村に入った懐かしい風景が、
そして懐かしい人達が時のかなたから雲になって浮かんで飛んで行く。
 17、8年前に北会津村真宮地区の宅地造成区画整理で
計画、測量の業務で組合の役員の皆様には、お世話になり仕事をさせて頂いた村である。
私の会社の当時技術者のチーフであった、現在常務の江口さんによると、
当時の役員の方々は、おおらかで、人情味が溢れて、楽しかった。
種蒔桜
特に役員の一牛さんを中心にした芋煮会が大川(阿賀川)の川原に
真昼から会津若松の芸者を数呼んで行なうと言う
豪快な宴に招待されて楽しく過ごさして頂いた。その時、
 「あんたの地元天童温泉は面白いところだ、もう一回行きたいと言って事業完成記念に
天童温泉に本当にやってきたんだ。本当に豪傑だよね。」
と最近まで時折自慢げに話をしていた。
 その当時の畑、原野の土地が今は、整然と整備され、ポツポツと家屋が建っている。
 暫らく振りでこの地を訪れた為に方向が掴めない、
役場は、確か右の方向だったと地図を確認せずに車を走らせた、
高速道路の下のトンネルをくぐった。
 10年前には高速道路が無かった。
なおさら、頭の中に確か真宮の北に役場があると、どっかに先入観がある。
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