‘会津磐梯 景色が宝「木ざしさくら」’カテゴリーのアーカイブ

4.杉木立のカーテンに桜が映るへのパーマリンク

2003 年 1 月 22 日 水曜日

「三春のさくら、すごーく綺麗だったわよね。」とお母さんたちの話し声が聞こえた。
 桜、木ざし桜を探しに行こうと席を立ち外へ出た、
磐梯山の頂上に残る雪が真っ青な青空に光っている。
 県道7号線の信号を左に折れ、役場から来た道を真っ直ぐに進むと、
神社の参道らしく時代が流れを感じる石積や、大屋根・白壁が並ぶ。
家並みが途切れ、カーブの所に磐梯神社の石柱があり、
車が乗り入れられないだろう朽ちた参道がある。
 車を止め、奥向かって歩くと杉の木立が鬱蒼している林の中で、
木立の合間から青空と光がもれる、肌に湿った感じも残る、小さな池があり、
水も流れている。池の側には鐘楼旧跡の記の説明書きが寂しく立っている。
 正面には、磐梯神社の跡の基礎石達が建物の在った姿を惜しむように、
杉木立に風穴を開けている。
木ざしさくら
桜はどこかと見渡すと視界には届かない。
磐梯神社跡の石や溝を越えて奥まで進むと、
神木の巨木が杉木立のカーテンの奥に見える。
 「あった。」
さくらがあった。
 「あった。」
と荒井さんに、声を後ろに戻すと
 「あったすか。」
と神社跡に響くように返ってきた。
 50m程先のようである。道を探した。しかし、見つからない。
桜の一番近い距離は、神社跡から奥に進む方法らしい、奥に歩いた。
杉の落ち葉でフカフカする。杉のカーテンを抜けると、ポッカリと小さな空間がある。
その中央に何本もの木で支えられた巨木の桜が三分の咲きの白い花を付け
ひっそりと立っており、根元には、磐梯神社の木ざしサクラと木柱に書かれている。
 木ざしの桜が磐梯神社を見守ってきたのか、神社の巫女達が桜を祀ったのか、
磐梯山だけが知っているようである。
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3.蕎麦打ち名人へのパーマリンク

2003 年 1 月 8 日 水曜日

そば道場の木製看板を見て、「ここだ。」と5人全員が気づいた。
 戸を引き開くと食堂という雰囲気でなく、暗い母屋と作業小屋をつなぐ
小ぇちゃなコンクリートの階段があり、ドアの入り口もあり開いている。
 「こんにちは。」
 「ごめんください。」との声に、母屋のから背と腰を丸めた、ばあちゃんが出てきた。
 「蕎麦大丈夫ですか。」
と尋ねると。
 「予約しているお客さんですか。」
と答えが返ってきた。
 
 「大丈夫ですか。」
 「はい、入って、右に行ってください。」
との言葉に案内されて家の中にはいると、やはり作業小屋に見えるが、
先に進むとコンクリートの踏み石がある普通の家の土間より高い床の間の和室がある。
 「いらしゃいませ。」
と白い作務衣と帽子を被った27、8歳の麺職人が挨拶して畳の部屋へ案内した。
 和室の部屋は、8畳二間に座卓が4つ置いてある。
入り口の方の2つ座卓には、予約席と書いてある。
 5人は奥の座卓に3人、荒井さんと私は、残りの座卓に座った。
 間もなく、先ほど答えてくれたばあちゃんが、
 「今日、月曜日なんで、客余りいないもんと思い、おとうさん山菜取りにいちゃまった、
まもなく、帰ると思うんす。」
木ざしさくら
と言いながら小皿に漬物を持って注文にやって来た。
まさか、今から山に向かえでも行くのかな。
大分待たされるに違いないと一瞬、心配感が心をよぎったが、まあいいかと二人ともそば膳を注文し、部屋を見渡すと、入り口付近の予約席のある8畳の奥に厨房が見え、
先ほど案内してくれた蕎麦職人が腕を動かし始めている。
 視線を上に向けると、天井付近の壁には、
福島県そば打ち名人の表彰がかけられている。
 座卓の座った席の脇を見ると1m角のガラス窓の奥に
2畳ほどの蕎麦打ち道場があり、麺棒が木剣のように6本ばかり掛けられている。
 ガヤガヤと10人ほどの予約客と一緒に、
ばあちゃんの声と店主のお父さんのらしき声が聞こえる。
団体客の一人は、常客らしい。後は殆どがおかあさんたちであり、
関東の方面から旅人である。座卓に座り、いろんな話をはじめている。
 蕎麦膳が運ばれてきた、ふきのとう味噌、山菜のてんぷら、冷たい手打ち蕎麦である、
会津の蕎麦は細くて、腰のあるのが特徴である。美味である。
主人のおとうさん、年齢から察するとばあちゃんの息子さんらしい。
 蕎麦打ち作務衣に着替える間もなく、道場に入り蕎麦打ちを始めた。
10人分を一回で打つ、麺を麺棒に巻き、布のロールようにして伸ばしていく、名人芸である。
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2.素朴な会津のそばへのパーマリンク

2002 年 12 月 24 日 火曜日

役場庁舎を出て、駐車場の車に戻り、役場の親切な女子職員に教えてもらった通り
駐車場の東側から道路に出て左折し、さあ、行こうとアクセルを踏み真っ直ぐ進むと
磐越西線の狭いガード出くわした。
ガード下をくぐると間もなく信号機があり、赤信号ためブレーキを踏み止まった。
 腕時計を見ると針が11時45分を指している。
朝早くで出かけるため食事をいつもより早めに取ったためか腹の虫が騒ぎ始めた。
 交差点の左に手打ち会津そばの旗が何本か立っているのを見て、
桜探しは、腹こしらえをしてからと頭を切り替え
車を右折し回し旗の並んでいる車庫の前に車を止めた。
 昼はそばを食べようと同じく考える人たちだろう、
私達の車が隣に同時に滑り込むように駐車した。
 私の携帯電話がビビと鳴って用件を話しているうちに、
後から来た車から3人の男性達が先に降りて、蕎麦屋に向かって階段を上って行った。
木ざしさくら
後を追うように階段を上ると、普通の大きい家がある。
先に行った3人は玄関の戸を開け「こんにちは。」と幾度も声を中に掛けているが、
返事が忘れたように返って来ないらしい。
 家の中をのぞくと普通の家であり、ソバ屋にはどうしても見えない
 3人の一人は家の東側も覗いてきたようである。
 「どこなんですかね。」
 「どこですかね」と私達も含めた5人が困った様子になった。
右の方に歩くと農家の作業小屋のような建物が母屋と繋がっているが、入り口が無い。
 チッラと見ると母屋と作業小屋のつなぎ目に2枚のシルバー色のサッシの戸がある。
そのサッシ戸の上に焦げちゃ色の自然木にそば道場を書き記されている。
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1. まちは磐梯山の麓へのパーマリンク

2002 年 12 月 9 日 月曜日

常磐自動車道を西へ、西へと走り磐梯河東インターチェンジで高速道路から
県道64号線に乗ると会津磐梯山がグーンと大きく出迎えてくれる。
磐梯さんは、宝の山と謳われているため艶やかさがあり、ホットなるイメージがある。
まちで眺める山の姿は、ヤマタカ帽子ように頂上に向かってせり出しており、
山頂付近には白雪が残り冬を耐え忍んだ厳しさ顔の一面がある。
空に食い込む磐梯の山は、キリリットして男前であり、麓を見つめる目は優しさがあり、
青空と青葉の中に聳える雄姿は惚れ惚れするほど美しい。
 県道を走りと家並みが続く、左折すれば、JR磐梯駅に通じる信号機ある交差点を通過し
役場に向かうことにした。役場の駐車場を囲むように、桜が植えられており、
花芽は少し膨らんでいるが花が開くまで1週間はかかりそうである。
朝に通ってきた中通りの市や町の桜の花は満開に咲き誇っていた。
木ざしさくら
古木の木ざしさくらは銘木一覧表に磐梯町磐梯の場所しか明示されてなく、
役場の商工観光課に尋ねてみることにした。
 「お尋ねします。」とカウタンター越に声を掛けると、
三十路前後の女性の職員が「はい」と出てくれた。何か田舎に帰ったような感じがする。
 「古木の木なしさくらはどの辺にあるか教えて頂きたいんですが。」
 「磐梯神社のさくらだと思います。一寸お待ちください。」
 と言って住宅地図をもってきてくれて。
「庁舎の前の道を真っ直ぐ行き、信号機も真っ直ぐ行くと磐梯神社の跡があります。」
と教えてくれ、また、地図を親切にコピーまでして頂いた。
 「役場の前の道は、どこですか。」
と尋ねると、カウンターに乗り出すようにして入ってきた玄関の方を
腕と指で示してくれ本当に親切である。
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